月夜見
 “緑風月夜”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
春の訪れとその喜びを一番に感じさせる華やぎ、
壮健富貴な桜の季節が行ってしまうと、
なかなか本格的な春らしさがやって来ないねぇなんて、
口々に言っていたのもどこへやら。
ツツジやサツキが蕾をふくらませつつ、
その茂みに淡くて発色のいい若葉を覗かせつつあり、
お空には大きな鯉たちが、ひらりゆらりと泳ぎ競えば、
そのまま初夏へ雪崩込むんじゃあと思わすような、
汗ばむほどの陽気が訪れる。

 「とはいえ、
  必ず梅雨の長雨がいろんな格好で挟まっちまうんだがな。」

いやさ、降ってくれねば夏場に困る大事な雨季で。
理屈では それがやって来ると判っちゃあいても、

 「けどさ、こうも暑いと“夏だ〜っ”て気にもなるって。」

北領生まれだというトナカイのお医者様には特に堪えるものなのだろう、
ふにゃあとお膳へ突っ伏しており、

 「おいおい、今からそんなでどうすんだ。」
 「だって〜〜〜。」

もう何年もこの藩に住まわってるくせに何言ってるか、
夏本番の暑さはこんなもんじゃねぇだろが、と。
それでなくとも体調管理の専門家へ、
しっかりせよとの発破をかけるついで、

 「ほれ、これでも食って涼みな。」
 「わあvv」

ひんやり冷やした上へ、
香ばしい黄粉と甘い甘い黒蜜とをかけたワラビ餅、
ぎやまんの小鉢に涼やかに盛って出してやるから、
板前さんたら相変わらずお優しい。
トナカイさんが黒文字のお匙で掬い上げれば、
黄粉が掛かっていないところが
とゅるるんと濡れて透き通っているのがまた目に涼しく、

 「甘ぁ〜い、美味ぁ〜いvv」

きゅう〜んと身をすくめ、
美味しい美味しいとはしゃぐ姿だけを見る分には、
ただただ無邪気なお子様でしかないけれど。
これでも北領からの医術留学生さんで、
この藩自慢の療養所でお勉強しがてら、
患者さんたちの診察やお世話も請け負っているお人であり。

 「さすがに晩は まだまだ涼しい風が立つんで、
  暖かいものも売れるらしくて。
  夜鳴きソバ屋さんの屋台も、
  ソバやうどんや茶飯なんかを扱ってるそうだけど。」

そいでもな、そろそろ食べ物や水の足が速くなる時期だから、
いくら最初に火を通してあっても、
口に入れるものには気を使わないといけないねって話をしたんだと、
それなり専門的なお話もするところが…

 “小さい子供が親から言われたばっかなお説教、
  真似てるように見えんのは問題ないのかねぇ。”

いやまあ、実績が物言うお仕事だから、
トナカイさんの場合は十分に信用されてるんじゃあなかろかと。
(苦笑)
昔のお人らは自分の鼻で傷んでるかどうかを判断したもので、
冷蔵や冷凍の技術が発達している今時は、
食品に“賞味期限”とか“消費期限”が記されてることも仇になり、
自分で判断出来ない人が増えつつあるのが困りもの。
便利に乗っかり過ぎるのも善し悪しだよね。
こちらさんもそっちへは専門家なので、
冷っやこいもんほど 出来るだけ作り置きはしないし、
よ〜っく洗ったり火ぃ通したりに気をつけてるから安心しなと、
心得のほどを披露してから、

 「それでも夜中が過ごしやすくなったからか、
  善からぬ連中もちょろちょろし出してるそうじゃねぇか。」

煙管に詰めたたばこへと火を点けつつ、
金髪痩躯の板前さんが、そんな一言を付け足した。

 「何で判るんだ、そんなこと?」

今は丁度 節季のお祭りの狭間にあたるので、
こちらのお店も仕出しだ何だと忙しい頃合いじゃなかろうに。
夜歩きの人が増えたろうなんてどうして判るのかなと、
チョッパーせんせが小首を傾げれば、

 「なに、あの親分さんが定時に飯食いに来ねぇからな、
  ありゃあ夜回りに活躍する日が増えたんで寝過ごしてるに違いない。」

 「うお、サンジ凄い、推理
(けんとく)のせんせえみたいだvv」

何てこたねぇさ、お医者せんせえと一緒で鼻が利くんだよと、
さらり言って微笑った板さんだったが、
勘や当てずっぽうではないのだ、自慢していいと思うぞ 旦那。


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